【ご先祖さま、見つけた!】郷土資料の中に──鎌倉市中央図書館にて。【つのだあきお】

※角田留吉さんの写真。陸軍さんだったようです。

 

JUGEMテーマ:地域/ローカル

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:趣味

 

(つのだあきお 角田晶生・フリーライター)

 

 先日、ちょっと空き時間に鎌倉中央図書館で、郷土資料をパラパラやっていたら、こんなものを見つけました。

 

『鎌倉郡「神奈川県名鑑」より』

 

 どうやら『神奈川縣名鑑』という書籍(地元の有名人図鑑的なもの)から鎌倉郡の人を抜き出し、コピー&ファイルしたもののようです。

 

 その中に、見つけました。

 

 「角田留吉(とめきち)」さんの名前。

 

 この瞬間、全自分が歓喜に沸き立ったのは言うまでもありません。

 

 この人が私の祖先(の一族)だと言えるのは、この資料、ご丁寧に本籍地や中には電話番号まで記載されているからです。

 

「鎌倉郡本郷村上野(かみの。現:横浜市栄区公田町)」

 

 私の家も、元を辿るとこの本籍地に行き当たり、直系ではなくても、一族の内には間違いありません。

 

※私の直系は、大正年間に曽祖父が小袋谷(現:鎌倉市小袋谷)へやって来たそうです。

 

 さて、この名鑑、記載人物の略歴や人柄まで紹介されており、せっかくなのでこちらにも写します。

 

 

 

【ここから】

 

 角田留吉     鎌倉郡本郷村上野XXX

 

 氏の父君を雪治郎氏と呼んだ。

 其時代に分家して現所に一家をなし、農業を営んで日夜家運の発展に勤勉したといふ。

 本家の当主を浦吉と呼び、現に区長代理等を勤めて信望が厚いといふ。

 氏は分家の二代目に当り、即雪治郎氏の長男として明治二十一年八月二十二日を以て生まれたが、小学校を卒業した頃早くも父君の死に遭ったのである。

 幼な心にも其悲歎は深刻を極めた。

 分家して幾何もないこの不幸は未亡人さだ子氏の細き腕一つに支えるにはあまりに辛労が大きかった。

 氏は無常の涙の裡に人となり。

 母堂をして安心立命させることを唯一の念願として刻苦したのであった。

 不幸ばかりつゞくものでない。

 やがて氏の家にも明るい喜びの日が訪れた。

 そして氏はサク子夫人と婚姻して共にその難関に向って運命を打開したのである。

 今や夫妻の間には二男一女を揚げ一人の親御に孝養至らざるなしと聞く。

 氏は在郷軍人分会幹事、青年支部長消防小頭として多年尽力したが、現に村会議員、及消防小頭第二部長として大に公共に貢献している。

 

【ここまで】

※『神奈川縣名譽録』鎌倉郡之部、二〇頁。

※コピーされた資料と、ファイル表紙で名前が違うのは、図書館の勘違いと思われます。

 

 

 

 上記をもっと簡単にまとめると、概ねこうなります。

 

 

【角田留吉】明治21(1888)年8月22日生まれ

 

 父:雪治郎、母:さだ子の長男として生まれました。

 父が分家した二代目ですが、小学校を卒業した頃に父が亡くなり、女手一つで子供を育てる母に孝行しましま。

 やがてサク子さんと結婚、二男一女を授かり円満な家庭を築きました。

 その後も在郷軍人分会幹事や青年支部長消防小頭などを務めて長年地元に貢献、現在(その時点)でも村会議員や消防小頭第二部長(公設?)など、大いに公共に貢献しています。

 

 

 ……との事です。

 

 留吉氏の年齢から推測して、明治初期には分家しているようなのでかなり遠い親戚にはなりますが、それでも鎌倉郡本郷村上野の地で共に生きていた親族の足跡を辿る事は何より嬉しく、また、公共に尽くす事を喜びとした事は、何より誇らしく思います。

 

 不肖の末裔ではありますが、少しでも世の役に立っていけるよう、今後とも精進して参ります。

 

 


【春のお彼岸】死者と共に生きること。【つのだあきお】

 

JUGEMテーマ:地域/ローカル

JUGEMテーマ:日記・一般

 

(つのだあきお 角田晶生・フリーライター)

 

 平成30年3月21日(水)は、春分の日。

 

 昼と夜の長さが同じになり、これから夏至にかけて昼が長くなっていきます。

 

 また、この日はお彼岸の中日であり、

皇室では代々の祖霊をお祀りする「春季皇霊祭」が執り行われるように、この日は民間でも墓参りなど、祖先の御霊をお祀りして感謝の誠を奉げる日となっています。

 

 そんな訳で雪の中、ウキウキと菩提寺である久成寺(鎌倉市植木)へ墓参りに行ったのですが、ある時こんな事を言われました。

 

「角田君は、死んだ人にしか興味がないようだね(大意)」

 

 別にそんな事はないのですが、故人に興味があるのは確かです。

 

 死人に口なしとはよく言ったものですが、彼らの存在は時と共に風化していくものですから、その記録を少しでも残しておきたいのです。

 

 生きている人間は、いくらでもモノを言えばいいし、好きな事をすればいい。

 

 でも、死んだ人間にはもうそれが出来ません。

 

 取捨選択は必要ですが、かつて先人たちが残した業績を、後世に伝えて行きたいのです。

 

 かつてこの土地に、人々がどのように暮らし、文化が息づいて来たのか。

 

 そして私たちはどのように生きているのか。

 

 その積み重ねこそ、伝統と文化の礎に他なりません。

 

 過去に対する興味こそ、感謝の第一歩であり、未来に対する責任の第一歩でもあります。

 

 私たちは、死者と共に生き続けて行くのです。

 


【神奈川県愛川町】角田は「すみだ」と読むそうな。【つのだあきお】

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:趣味

JUGEMテーマ:学問・学校

JUGEMテーマ:地域/ローカル

 

(つのだあきお 角田晶生・フリーライター)

 

 仕事帰りに図書館へ立ち寄り、おもむろに地名事典をめくりました。

 

 かねてより自分のルーツ探し・ご先祖調査をちょくちょくやっていて、その中で

 

「角田という苗字は、今の愛川町(神奈川県愛甲郡)が発祥だよ」

 

と知ったので、今も字名になっている「角田」について調べたのですが、最初、いくら探しても

 

「つのだ」

 

の読みでは出て来ず、もしやと思って「かくた」「かどた」で調べても出て来ず、

 

「すみだ」

 

と調べたら、ようやく見つかりました。

 

 今までずっと、調べもせずに「つのだ」とばかり確信していて、全く苦笑いものです。

 

 さて、その由来には諸説あるそうで、

 

一、いわゆるアイヌ語(と言っても範囲が広いので、北海道ではなく、恐らく東部日本の古語)で「洗い去る(スミ)」「場所(タ、ダ)」を意味し、しばしば氾濫する中津川に「洗い去」られていたから、とする説。

 

一、この辺りは湿地帯で深田が多く、それを「摘み田(つみだ)」と呼んでいたのが訛った、とする説。

 

……との事ですが、それなら時代を経て「すみだ」「つみだ」「つのだ」……等々、口伝えの中で変わっていった事は十分に有り得ます。

 

(※実際、電話口だと、よく聞き間違えられます・苦笑)

 

 さて、そうなると『吾妻鏡』に登場する「角田(すみだ)入道」らが自分と縁続きである可能性も浮上して来ます。

 

 この人物の苗字は「すみだ」と読むとあったので、なんだ残念と思っていたのですが、大元の地名が「すみだ」なら、先入観を取り払って再度調べる価値がありそうです。

 

 何でも書物によれば、この愛甲郡角田邑(むら)に名をとる一族は、桓武平氏の流れを汲む上総介広常の末裔との事で、家紋は我が家と同じ九曜紋。

 

 これまでに得た知識と組み合わせると、仮説にも少しづつ筋が入り、血が通って来ます。

 

 さあ盛り上がって来たところで閉館時間となりましたが、こういう発見は、とても心躍るものです。

 

「角田君は、死んだ人にばかり興味を持つね」

 

 たまにそんな事も言われますが、彼らが生きた記憶を、拙くも形に紡いで残す喜びは、中々に得難いものです。

 

 それにしても、神奈川県愛甲郡愛川町角田は「すみだ」って読むんですね。

 

 初めて知りました。

 

 読書百遍とはよく言ったもので、知っているつもりでも、改めて読み、調べ直す事で発見が得られるものです。


【奉祝天長節】平成29年の一般参賀。【つのだあきお】

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

(つのだあきお 角田晶生・フリーライター)

 

 平成29年12月23日(土・天長節)、畏れながら

今上陛下84の玉齢を言祝ぐべく一般参賀に上がりました。

 

 当日は冬晴れの好天に恵まれ、皇居を埋め尽くす人々は、手に手に国旗を振りながら、時おり各所から「万歳」の声も上がります。

 

 これら臣民の祝意に対して、

今上陛下はじめ、 皇族の方々よりお応えを頂き、有り難くも玉音を賜りました。

 

 今年も多くの事があったが、震災や水害など、いまだ苦しい生活にある者に想いを寄せられていること。

 

 そして、来年が皆にとって、少しでもよい年となるよう願われていること。

 

 低頭平身拝聴しながら「少しでも」という御言葉に、何か引っかかる思いがしました。

 

 私の思い過ごしならいいのですが、もしかしたら(しなくても)

陛下は、我が国の将来を楽観されていないのかも知れません。

 

 まあ、我が国の現状を省みれば、私のような太平楽でさえ、有事の兆しを感じずにはいられません。

 

 しかし、何が起ころうと、忠節を尽くしてやるべき事をやるまでの話です。

 

 生きては祖国の土嚢(いしづえ)に、死んで護国の鬼神(おに)として。

 

 皇室を奉戴し、

天皇陛下を扶翼し奉ることに変わりはありません。

 

 いついつまでも、お健やかに、安らかに。

 

 私ども臣民に、無垢なる祈りと笑顔を賜れましたら、これにまさる悦びはありません。

 

 

紀元二六七七年

平成二十九丁酉

謹賀奉祝天長節

 

今年今月今日討死

天下浪人角田晶生


【横浜市】学ぼう!ほんとうのこと「慰安婦問題と近現代史」パネル展。【つのだあきお】

JUGEMテーマ:ニュース

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

(つのだあきお 角田晶生・捏造慰安婦問題を糺す日本有志の会 会員)

 

  平成29年5月26日(金)、横浜市・かながわ県民センターにて開催された「慰安婦問題と近現代史」パネル展に参加。会場設営と、受付のお手伝いをさせて頂きました。

 

  当日は生憎の雨模様でしたが、センター利用者が通りすがりや待ち合わせにパネルを見て下さり、賛否いろいろな反応・ご意見が寄せられました。

 

  私たちの主張が「100%正しい」とは、あえて言いません。

 
(もちろん、調査研究の結果に基づく発表ですから、その正当性については確信しています)

 

  大切なのは、一人でも多くの方に興味関心を持って頂き、いま我が国の内外を取り巻く問題に気づいて頂くことです。

 

  私たちの知らない間に、社会がどんなことになっているか、このまま無関心で大丈夫なのか、慰安婦問題を通して真剣に考えて頂けましたら、目的の半分は達せられます。

 

  パネル展は明日(5月27日)まで開催していますので、是非ともお立ち寄り頂けましたら幸いです。


| 1/18PAGES | >>

カレンダー

<< 2018年04月 >> 
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     

プロフィール

twitter

Google+

Facebook

アルバム

posted by (C)角田晶生

最近の記事

テーマ別記事

年月別記事

リンク

ブログ内検索

その他