【参議院議員選挙】拝啓、山本太郎さま。【角田晶生】

  • 2019.07.13 Saturday
  • 00:09

 

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(角田晶生 つのだあきお・フリーライター)

 

 どうでもいい事ですが、私の誕生日は山本太郎さんと同じ11月24日です。

 

 友人などと「誰それと誕生日いっしょ!」みたいな話題になると、よく彼の名前を出したものですが、昔は「山本太郎」という名前を聞いただけで、彼を知る誰もが笑顔になったことが、懐かしく思い出されます。

 

 バカだけど、いつでもどこでも一生懸命な姿勢が、見る者の琴線に触れたのかも知れません。

 

 昔、確か10代の頃に観た「ウルルン滞在記」で、彼がアボリジニの家族になりたくて、アボリジニの方が「もういいよ、(カンガルーの肉が噛み切れなくても)お前は俺たちの家族だよ」とフォローを入れる中、泣きながらカンガルーの肉にむしゃぶりついていた姿を、今でも憶えています。

 

 また、20代に観た大河ドラマ「新鮮組!」で演じていた原田左之助の役は、何かと陰惨な史実の中で、一服の清涼剤だった記憶があります。とても。

 

 誕生日を伝えると「あぁ……『あの』山本太郎ですか……」と言われるようになった今でも、あの時の姿々を忘れずに憶えています。

 

 昔が良かったとか、今が悪いとか、そういう事は言いません。

 

 ただ、確かなことは

 

「かつて『山本太郎』の名前を聞いて、私の知る限り笑顔にならない者はいませんでした。」

 

 それだけのことが、とても懐かしく、そして寂しく思い出されてならないので、ここに書き残しておきます。

 

 いえ、別に「政治家を辞めて俳優に戻れ」なんて野暮が言いたい訳じゃありません。

 

 山本太郎の人生に責任は持てないし、そもそも覚悟の上で踏みだした道でしょうから。

 

 どこで何をしていようと、山本太郎は山本太郎だし、たとえその思想や理念が相反するものであろうと、私は一国民・有権者としてその権利を尊重し、守りたいと思います。

 

 未練がましく一言伝えるなら、

 

「あの時の方が、みんな幸せに近かったのではなかろうか」

 

 とりとめもない話ですが、そんなことを、たまに思い出し、考え込んだりします。

 

 長くなりましたが、どうかお疲れの出ませんように、信じる道を進んで下さい。

 

 ご武運を。

【参院選・神奈川】候補者たちのポスター評価まとめ。【角田晶生】

  • 2019.07.11 Thursday
  • 23:02

 

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(角田晶生 つのだあきお・フリーライター)

 

 令和元年7月21日(日)執行予定の参議院議員選挙、神奈川県選挙区のポスターに同志が評価したコメントを(興味深いので)まとめてみました。

 

 せっかくあちこち貼り出されているので、「そういう見方もあるのだな」と思って見てもらえたら、少しは興味が出るかも知れません。

 

候補者の皆さんも、ご参考になれば。

 

 

 

 

 

ゴチャゴチャし過ぎのポスターでアカ点モノですね。

 

 

 

 

なまじ顔と名前は売れているせいか、ポスターは作りが雑ですね。私であれば、この構図なら横長ポスターにしますね。

 

 

 

 

ポスターとしては❌。主張が多すぎるし、姓名がポスター最下部(しかも縦長ポスターなのに横書き)に位置しているのでは、有権者の意識に残りません。

 

 

 

 

スタンダードな作りのポスター。まず顔を認識させておいて、参院選公認の「姓名」。私なら顔写真と姓名を逆に配置しますが、まぁ及第点でしょう。

 

 

 

 

複数回の当選経験者は、名前より顔を売るものかなぁ…。
1つ(悪い意味で)「巧いなぁ」と思ったのが所属党名の位置。まるで有権者の目の動きから外すようにコッソリと。しかも一応は明記してあるというエクスキューズまで計算してある。誉めはしませんが、見事です。

 

 

 

 

キャッチコピーが在るのは良いですが、配置が悪い。キャッチコピーと姓名の位置が逆なら、一気にトップに躍り出るポテンシャルは秘めています。

 

 

 

 

ゴチャゴチャ書き過ぎ。
コ 顔 姓
ピ 写 
| 真 名
の配置+コピーは「消費税〜」限定なら、もう少し点数が上がります。

 

 

 

 

今回のポスター集で最も高評価な物。まず右に大きく姓名を配置し、右下から左上のライン上に顔写真。そして左上隅に自身の党と自民党の名を入れ、余計な物を省き、何より逆Nの法則を弁えたたシンプル・イズ・ザ・ベストの例です。

 

 

 

 

誰が許可したの、こんな駄作ポスター!?…というくらい酷い作り。間違いなくワーストです。
まず、コピーを縦書きと横書きの両方を採用している時点でアウト。これでは有権者が視線を動かすのに疲れてしまいます。役者としても大した知名度はないのに、姓名を有権者の視線から外すのも❌。「こういうポスターを作ってはいけません」という反面教師的なポスターといえます

 

 

 

【論評ここまで】

 

以下、コメントのなかったポスター。ネタとして載せておきます。

 

 

 

あと、ポスター未発見の候補者が2陣営。期間中に貼り出されるでしょうか。

 

 

 

……ともあれ皆さん、お疲れの出ませんように。

【戦後・引揚者の記憶】体験者の方に聴き取りさせて頂きました。【角田晶生】

  • 2019.07.06 Saturday
  • 23:46

 

※出典:楳本捨三『陸海名称100選』秋田書店、昭和46年10月25日 初版より。

 

 

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(角田晶生 つのだあきお・フリーライター)

 

 先刻、先の敗戦と共に大陸から日本に引き揚げて来られた方(以下「当人」とする)の体験談を聴き取り、記録させていただく機会を頂きました。

 

 厳密には、その方は昭和20年生まれなので引き揚げ時の記憶はなく、ご両親や周囲の方々から聞いた話の集約ですが、こうした記憶を後世の教訓に資するべく記録することは、先の大戦の記憶が風化しつつある昨今においてとても重要です。

 

 個人情報もあるためここに書けることは限られていますが、その断片なりとも記録しておきたいと思います。

 

 

一、両親は結婚と同時に大陸へ渡航し、山西省の大原(たいげん。太原?)の日本人街で敗戦の直前に生まれた。

一、日本人街では四国や九州、北海道から来ていた方たちと交流し、村長の中国人とは仲良しだった。

一、しかし、中には中国服の袖にコルト(拳銃)を隠し持つ人もいて、怖かったとのこと。

一、ソ連の侵攻から逃れて引き揚げる際、中国人村長が港(どこの港かは不明)まで送ってくれ、別れを惜しんだ。

一、引き揚げの道中、日本人一行がソ連兵に拘束された時、母親が腕時計を没収された(暴行は受けなかった)。

一、大陸から本土に向けて出航するも、栄養失調でたくさんの乳児が餓死した。

 

 乳児が死ぬと、大抵の場合は父親が防寒着を脱いで遺体を包み(他に包むものがないため)、船長が遺体を水葬する際に浮いて来ないよう、重石をくれたと言うことです。

 

 そして遺体を海に沈めると、水が澄んでいるためずっと底の方まで見えるらしく、たちまち鮫のような大きさの肉食魚が群がって遺体を食いちぎり、ちぎれた乳児の手や足などが浮かび上がってきた、と言います。

 

 そうこうして引き揚げ船は佐世保港に到着したそうですが、それまでに生き残った赤ん坊は当人ただ一人だったそうで、その後も日本人街時代の仲間は当人を「一人生き残った〇〇ちゃん」と呼んで大切に可愛がったそうです。

 

 

 当人の周囲も血族・姻族に陸海軍の軍人を輩出、つくづく戦争と縁の深さを感じたと言います。

 

「戦争は本当に悲惨なものだと、後世に伝えたい。角田さんみたいな若い人たちが関心を持ってくれるのが、本当に嬉しい」

 

 平和を求めるからこそ、私たちは戦争を学び、その本質を知悉すると共に、備えと覚悟を持たねばなりません。

 

 先人たちが血を流して受け継いで下さった偉大な教訓を、この縁(よすが)と共に次世代に伝えて行きたいものです。

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