【藤沢市】六本松の古戦場跡。【角田晶生】

 

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(角田晶生 つのだあきお・フリーライター)

 

 藤沢駅から北西に少し行くと、六本松の古戦場があります。

 

 今を遡ること八百余年、治承四(1180)年の十月に、鎌倉へ攻め込もうとする頼朝公が、平氏方の大庭三郎景親と戦ったと伝わっているそうです。

 

 ざっくり説明すると、この年の八月に伊豆で挙兵した頼朝公は、石橋山で大庭三郎景親に蹴散らされましたが、約二ヶ月で華麗にカムバック。

 

 大庭三郎景親は、再び倒そうとしますが、もう手のつけられない大軍となっており、あえなく敗れ去ります。

 

 その一つが「六本松の戦い」と言われますが、幕府の公式記録である『吾妻鏡』には、戦いの記述がありません。

 

 頼朝公が鎌倉に入ったのは10月6日、大庭三郎景親が次に『吾妻鏡』に登場するのは10月18日、平氏の援軍に合流しようと兵一千を集めますが、西へと進軍する頼朝公の大軍に恐れをなして逃亡した、とあります。

 

(※その8日後、景親は固瀬川・今の境川で処刑されます)

 

 ただ、『吾妻鏡』自体が頼朝公の時代からだいぶ経ってから書かれたものですし、「本当は果敢に抵抗したのでは?」という想像も、するだけなら自由です。

 

 しかし、仮に戦いがあったとして、頼朝公は逃亡先の房総半島から、東京湾沿いにぐるっと攻めて来たのですから、目的地が鎌倉であれば、わざわざ藤沢(当時は高座郡固瀬郷)を通るのは、随分と回り道過ぎます。

 

 恐らくは10月18日、西へと進軍する頼朝公を阻むために立ち向かったのではないでしょうか。

 

 いずれにせよ、かつてこの地に戦った武士達の英霊を讃え、顕彰の誠を奉げます。

 



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